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  8.6 ヒロシマ平和へのつどい2012
 関連行事(スケジュール)
   ヒロシマ スタディ ツアー2012
   (PDF)
   フィールドワーク 2012(PDF)
   8.6 ヒロシマ平和へのつどい2012
   (PDF)
 ◆よびかけ文
 ◆市民による平和宣言
 
 ◆
オスプレイの配備阻止
  特別アピール
 
 
◆安次富浩(ヘリ基地反協共同代表)
   さんからのメッセージ
 ◆賛同団体・よびかけ人

 
◆これまでの経過(1977~2011)

  過去のつどい
   2011年
   2010年
   2009年
   2008年
   2007年
   2006年
   2005年
   2004年
   2003年

 ◆8.6 ヒロシマ平和へのつどい 2012
 


 ◆関連行事(スケジュール)

 ヒロシマ スタディ ツアー2012 フィールドワーク 2012


< 8月6日の行動 >
    7:00~ 「市民による平和宣言2012」等配布行動
7:45~ グラウンド・ゼロのつどい(原爆ドーム前)
8:15~ ダイ・イン(原爆ドーム前)
8:45~ 「8・6広島デモ 原発も核兵器もない世界へ」
      (→中国電力本社前。脱原発座り込み行動に合流)

   





 ◆よびかけ文

8.6 ヒロシマ平和へのつどい2012

核・原子力と“生きもの”は共存できない — ヒロシマから反被曝の思想を! 

中国電力労働者で構成された電産中国(電気産業労働組合中国地方本部)は、反合理化闘争の一環として反原発闘争を1974年の大会で決定して以来、その後長年にわたって、反原発運動で粘り強く闘いました。中国地方の原発依存率が少ないのは、そのおかげでもあるのです。私たちは、1977年から、この電産中国と共に、8月5日または6日、反原発の課題を掲げ、反戦反核の声を強くあげてきました。

1 人類を含むあらゆる“生きもの”に敵対する核・原子力体制こそが、福島放射能汚染危機の本質
ウラン採掘・加工を出発点とする核兵器(DU兵器を含む様々な種類の核兵器製造、核実験、核兵器輸送)ならびにその応用である原子力産業(原発稼働、核廃棄物、核燃料再処理など)では、核兵器の使用や原発事故ではもちろん、そのあらゆる工程で多量の放射能を放出しています。広島・長崎への原爆投下やチェルノブイリ・福島での原発事故からも明らかなように、放射能は、人間のみならず、動植物を含む海陸の生きものを無差別に且つ大量に「殺傷」します。20世紀半ばから始まった「核の時代」は、かくして、人類を含むあらゆる「生きもの」、すなわち様々な生命体を犠牲にして築き上げられてきた、いわば「殺戮の政治・経済・社会・文化体制」であると言えましょう。このような体制の確立と維持に努力または協力してきた人間の行為は、人類とすべての生物と地球を絶滅の危険に曝すことを厭わなかった明確な「犯罪行為」でしたし、現在も多くの人間が、そうした犯罪行為に深く関わっているのが実情です。この犯罪行為の重大性は、3・11福島原発事故による放射能危機で、誰の目にも明らかとなりつつあります。

2 反被曝の思想を!
現在私たちが直面している最も重要な課題は、放射線の人体に対する影響です。政治家・官僚や資本家たちは、偽りの電力不足を口実にした原発再稼働で、全市民に被曝を受忍させようとやっきになっています。福島現地はもちろん全国各地で、低線量放射能は安全だとの「放射能安全神話」を、教育機関やマスメディアを通じて浸透させようとしています。その結果、日本列島全域で、食品放射能汚染がじわじわと進行しています。広島・長崎の経験からも明らかなように、被曝は受忍するものに最も強く押し付けられます。被曝の最小化、低減化の実現は、被曝を徹底的に拒否する「反被曝」の思想を抜きにしては実現できません。とりわけ、私たちの体を内部から細胞レベルで破壊していく内部被曝、その被曝線量に「安全値」などというものはありません。したがって、今、私たちは、被曝に抵抗していく思想をどう築くのかが問われています。この問題は日本の市民に限られた問題ではありません。恥知らずにも、日本の政治家・官僚や資本家は原発を海外に輸出し、新興国や発展途上国を放射能汚染させることをいささかも厭わず、今度は海外の市民を犠牲にしてまで利益を上げようと計画しています。犠牲を世界に拡大する、このような「被曝の輸出」にも、私たちは断固反対しなければなりません。

3 闘う広島、懐柔・利用された「ヒロシマ」
敗戦後間もなく、占領軍による検閲体制の下、大田洋子、栗原貞子、原民喜、正田篠枝、峠三吉、山代巴ら文学者、丸木位里・俊ら芸術家による原爆の徹底批判が始まりました。どんな状況下でも人間性を深く追求し続けたこれらの人たちの信念が、今の私たちを支えているのです。広島で原爆禁止が初めて提起されたのは、1949年10月2日の平和擁護広島大会であり、翌年の朝鮮戦争反対の非合法アピールにも、「原爆を廃棄せよ」という要求が含まれていました。1954年ビキニ核実験被災を機に始まる原水爆禁止運動は、大きなうねりとなり過去最大規模の国民運動となりました。この大高揚にもかかわらず、いや、それゆえにこそ、「ヒロシマ」は日米支配層から懐柔・利用されるターゲットとされました。ヒロシマ・ナガサキは「放射線は外部から大量に浴びない限り、健康に大きな影響はない」とする「放射能安全神話」のモデルとされました。その結果、核の世界拡散体制=ヒバクシャ拡大体制に、広島市民が十分に抗することができなかったのではないかと考えます。私たちは今こそ、このことを真摯に受けとめ、深く考え直す必要があります。一例をあげれば、旧ABCC(原爆傷害調査委員会)、現在の放射線影響研究所が研究し続けているLSS(原爆生存者寿命調査)のデーターは、広島・長崎の放射線被害を過小評価し、内部被曝・低線量被曝が重大な問題ではないという「放射能安全神話」を世界中に拡散させ、国際放射線防護委員会(ICRP)体制の「被曝受忍強制」の基盤を提供してきました。

4 チェルノブイリの終わらない惨劇とヒロシマ
1986年のチェルノブイリ原発爆発事故後、26年を経た今、深刻な事態が徐々に認識され始めています。例えば、セシウム137は、全身の臓器や器官に蓄積しやすく、その結果、様々な癌や心臓疾患、不妊、流産、死産が多発し、重大な健康損傷を多くの市民、とりわけ幼児・子どもに与え続けています。ヒロシマのデーターが全く役に立たないどころか、皮肉にもその情報が、権威ある医師・研究者たちによって被害者の健康損傷を過小評価するために利用されており、原発推進側に悪用されているのです。私たちは、この「ヒロシマの権威」に裏付けられた嘘を打ち破らなければなりません。そうしなければ、この「ヒロシマの嘘」は、「フクシマの嘘」の拡大と正当化にも繋がってしまいます。

5 侵略戦争・国家責任の問題
大陸出兵の拠点であった軍都廣島の責任、アジア侵略戦争に対する日本国家の責任を追及し、被害者に対して国がその被害を償うこと=国家賠償・国家補償をさせること、すなわち、軍慰安婦をはじめとするあらゆる戦争被害者、朝鮮人をはじめとする在外被爆者、すべての原爆被害者に対して償いの表明と賠償を実現させる運動を引き続き継承していかなければなりません。侵略戦争に動員された民衆のうちの多くが、原爆被爆という「被害」を強制されたのです。世界の民衆の闘い、朝鮮・中国・アジア民衆の抵抗闘争が、結局は天皇制軍国主義を敗北させ、さらには、ソ連の対日参戦が日本降伏の決定的要因の一つとなりました。原爆投下が戦争を終結させたという「原爆神話」と、天皇裕仁が終戦させたという「聖断神話」を解体しなければなりません。アメリカの原爆投下の責任追求と、日本の天皇制軍国主義のアジア民衆に対する戦争責任追求は、表裏一体の問題なのです。両方の責任問題が、分離して考えられない、複合的なものであることを、私たちは決して忘れてはなりません。

6 NPT(核兵器不拡散条約)体制をめぐる世界状況
NPT(核兵器不拡散条約)の本質は、核抑止戦略を前提に、安保理5常任理事国による核の独占を保持し、非核兵器保有諸国への核兵器不拡散と原子力発電を世界的に推進させることが目的で設置されました。CTBT(包括的核実験禁止条約)、カットオフ(核兵器用核分裂物質の生産禁止)条約締結は難航しています。アメリカ政府の方針は、自国の核兵器堅持と反米組織による核テロの防止対策であって、真の意味での核不拡散では決してありません。「核兵器のない世界」をめざすとするアメリカは、核弾頭の配備数は削減するが、貯蔵核兵器や核兵器運搬手段の「現代化」のために史上最大の巨額の予算を計上しています。さらにイランと北朝鮮を敵視し続け、日本には「核の傘」政策の堅持により日米核安保体制が継続されています。イランへの武力攻撃の可能性をあからさまに公言しているイスラエル政府は、NPTに加盟することを強く拒み続け、約80~200発の核弾頭を保有しているのみならず、大量の化学・生物兵器も貯蔵しています。「中東非核(兵器)地帯」の設置に向けてアラブ諸国はひじょうに積極的ですが、この実現に向けての努力に最も妨げになっているのも、パレスチナに無法な武力行動を繰り返している核兵器保有国イスラエル政府なのです。また、アメリカは、NPT加盟を拒否して核兵器の開発を進め核保有国となったインドと原子力協定を結び、日本政府もこれに追随しようとしています。NPTに核廃絶の役割を期待することは幻想に近いと言えますが、それでも、2010年NPT再検討会議の最終文書には、国際人道法の遵守や核兵器禁止条約の必要性という文言が初めて入り、本年5月、ウイーンで開かれた2015年再検討会議のための第1回準備委員会では、「核兵器のない世界」をめざす建前を無視させないという攻防が続きました。さらに福島原発事故は、「核の平和利用への権利」を前提としたNPT体制そのものを根底から覆す視点を提起していることも重要な点です。

7 日米安保体制と沖縄、憲法9条。そして、岩国、呉=ヒロシマの問題。
日本の憲法9条体制=集団的自衛権の行使禁止は、沖縄をアメリカ政府に軍事植民地として提供することで維持されてきました。沖縄の民衆が普天間基地の県内たらい回しに明確に反対の声をあげ続ける中、1952年4月28日の日本独立=沖縄切り捨て60年のいま、私たちには、日米安保体制をどうすべきなのかという根本問題が突きつけられています。普天間基地即時無条件閉鎖のために、日本政府が対米交渉をやり直すことを、私たちは強く要求します。岩国では、横須賀を母港とする原子力空母ジョージ・ワシントンの第五空母航空団の厚木からの移駐阻止の課題があります。沖合移設を名目に拡張された岩国米軍基地への極東最大120機常駐態勢を阻止し、愛宕山での米軍住宅建設を、私たちはやめさせなければなりません。また、「旧軍港市転換法」によって、旧軍港4市(横須賀・舞鶴・呉・佐世保)が平和都市への転換を選択したにもかかわらず、自衛隊の海外派兵拠点になっているこの4港の非軍事化をめざし、海上自衛隊基地のある呉の地で憲法9条を具体的に現実化する必要があります。これも、広島の市民が直面している重大な課題です。

以上、広島と日本の市民には、反核・反原子力・反戦平和運動で、具体的行動を通して私たちの確固とした意思を表明し、日本社会を、ひいては世界を根本から変革するために貢献していくことが要求されています。つまり、私たちにいま要求されていることは、総体的且つ長期的に観れば、単なる人間としての「世直し」の倫理的行動ではなく、あらゆる生命体を守るための「生きもの」としての倫理的行動なのです。そうした行動の一つとして、私たちは、原爆投下70周年に当たる2015年、「世界核被害者大会」の広島開催を提唱します。

<第1部(17時~19時)内容>
●「ヒロシマから」
  木原省治(被爆二世)
●「ナガサキから」
  平野伸人(全国被爆二世団体連絡協議会前会長)
●「国家補償に基づく被爆者援護を」
  渡辺淳子(ブラジル被爆者平和協会常任理事)
●「伊方原発を廃炉に。大分から」
  池田年宏(ピースサイクル全国ネットワーク)
●「オスプレイの沖縄・岩国配備を許さない」
  田村順玄(岩国市議、ピースリンク岩国世話人)
●「ヒバクシャーわれらみな核の風下の人々」
  豊崎博光(フォトジャーナリスト)
●「2015年世界核被害者大会へ」
  田中利幸(当実行委員会代表)
●「生命の母・海からの警告」
  湯浅一郎(当実行委員会前代表)
●「市民による平和宣言2012採択」
●8月6日の行動提起


 市民による平和宣言2012 (PDF)


生類の破滅に向う世にありて、生き抜くことぞ終(つい)の抵抗     鶴見和子

昨年3月11日に起きた福島第1原発事故によって放出され、今も放出され続けている大量の高レベル放射能は、福島ならびにその周辺地域住民と環境にはもちろん、今や日本全国、いやアジアを含む世界の様々な地域に及ぶ住民と自然環境にまで危険をもたらしていることは、誰の目にも明らかです。

長年にわたり無数の市民を無差別に殺傷し、生存者の心身両面に激しい苦痛をもたらす核兵器の使用は、広島・長崎の経験からも明らかなように、重大な「人道に対する罪」です。ひじょうに残念ながら、今回の福島原発事故でも、外部・内部の両被曝の結果、これから長期にわたり、予想もつかないほど多くの市民が様々な病気に苦しむことになるでしょう。1986年4月に起きたチェルノブイリ事故では、ウクライナ国内の被曝者数だけでも343万人に上ると言われており、周辺住民の癌や心臓病などの発生率はとりわけ高くなっています。このことから、原発事故も「無差別大量殺傷」という犯罪行為です。「無差別殺傷」ではありながらも、とくに胎児・乳幼児・小児に犠牲者が多いのが、放射能汚染の特徴の一つです。

核兵器使用の結果であれ原発事故によるものであれ、放射能汚染は、住民に故郷を捨てさることを余儀なくさせ、強制移住に追い込み、その結果、地域社会は完全に崩壊します。住民相互の人間関係が断ち切られると同時に、近親者の(主として被曝が原因による)病死、家族別居、夫婦・親子離散などの家庭崩壊を引き起こし、住み慣れない仮設住宅(広島の場合は「原爆スラム」)での孤独死が起きます。すなわち人間社会の崩壊をもたらします。

核兵器・原子力を使う権力者・資本家は、その結果を「想定外」として、決して責任をとろうとはしません。最初から責任放棄をしているため、被害者が見捨てられるのは当然の結果なのです。市民だけではなく、多数の家畜を含む動物が見捨てられ餓死します。放射能汚染による環境破壊、とくに土壌・河川水・海水の汚染によって、農漁業という人間生存にとって不可欠な第1次産業活動が不可能となります。同時に、その他の全ての「生きもの」にとっても、生存が不可能となります。したがってこれは、日本国憲法前文で謳われ保障されている「平和的生存権」はもちろん、全ての「生きもの」にとって「生存権」の否定を意味するものです。私たち人間の誰にも、全ての「生きもの」の生存権を奪う権利などありません。しかし、そのような権利を、ごく一部の人間が握っているのが現状なのです。

このように、原発事故による「大量破壊と被害」は、まさに核兵器使用による「大量破壊と被害」に匹敵するものです。なぜなら、原子力の「平和利用」は、本来は「軍事利用」であるからに他なりません。日本の原発開発も、当初から核兵器製造能力の開発と維持を目的としていました。その目的をごまかすために実体のない「非核三原則」が採用され、同時に核兵器用の高濃度プルトニウム製造のための「核燃料サイクル事業」が、これまで10兆円という膨大な予算を使ってがむしゃらに推進されてきました。福島で重大な原発事故を起こした1年半後の現在も、政府・産業界は、多くの人間を含む「生きもの」の命を危険に曝す犯罪的政策を廃絶しようという考えは全く持っていません。

実は、放射能汚染は、核兵器(DU兵器を含む核兵器製造、核実験、核兵器輸送事故)と原子力産業(ウラン採掘・加工、原発稼動・事故、核廃棄物、核燃料再処理など)の全ての局面で常に起きている重大な問題です。20世紀半ばから始まった「核の時代」は、かくして、人類を含むあらゆる「生きもの」、すなわち様々な生命体を犠牲にして築き上げられてきた、いわば「殺戮の政治・経済・社会・文化体制」であると言えます。このような体制の確立と維持に努力または協力してきた人間の行為は、人類とすべての生物と地球を絶滅の危険に曝すことを厭わなかった明確な「犯罪行為」であり、現在も多くの人間が、そうした犯罪行為に深く関わっているのが実情なのです。

この「核・原子力サイクル」による「あらゆる生きものの無差別殺傷行為」という犯罪に対して、今、私たちは一致団結して立ち上がり、「核・原子力サイクル」全体を廃棄しなければ、遅かれ早かれ、地球と人類が破滅するのは目に見えて明らかです。「核と人類は共存できない」という、私たちの先駆者・森瀧市郎の言葉は、「核・原子力と“生きもの”は共存できない」という命題にまで深められるべきでしょう。「人類は生きねばならぬ」という森瀧のもう一つの言明は、思想や信条を超えた普遍的なメッセージです。「人類が生きる」ためには、人類が共存するあらゆる「生きもの」と自然環境が生きねばなりません。今や、私たちはこの言葉の意味を深く噛み締めるだけではなく、そのために具体的な行動を起こすべき時なのです。

8.6ヒロシマ平和へのつどい2012(代表/田中利幸)参加者一同
(広島市西区天満町13-1-709 kunonaruaki@hotmail.com
郵便振替01320‐6‐7576「8・6つどい」)





2012 Citizens’ Peace Declaration
August 6, 2012

“When all living creatures are now in danger of extinction, the last resort is our determination to live through.” the late professor Tsurumi Kazuko

The large quantity of high-level radiation, which is still being emitted from the crippled Fukushima No.1 Nuclear Power Plant continues to endanger not only the people and environment of Fukushima, but the entire nation, as well as many parts of Asia.

The use of nuclear weapons is unquestionably a crime against humanity. Similarly, indiscriminately killing and injuring large numbers of people and causing severe physical and psychological pain to the survivors must also be seen as such a crime. As citizens of Hiroshima we are well aware of this inhumanity. Unfortunately, it is likely that over the next decades many people will suffer from various illnesses due to both external and internal irradiation as a result of the nuclear power accident at Fukushima. It is estimated that 3.43 million people were irradiated in the Ukraine alone as a result of the Chernobyl Nuclear Power accident. A high incidence of various types of cancer and heart disease has since emerged amongst these people. It seems appropriate, therefore, to claim that a nuclear power accident is a crime inflicting indiscriminate mass killing and injury. Radiation attacks indiscriminately, affecting unborn babies, infants and children in particular.

Contamination by radiation, either as a result of a nuclear power accident or due to the use of nuclear weapons, forces many residents to migrate far away from their homes. This leads to disintegration of the local community and the close relationship between residents. Families, too, are destroyed when couples lose partners and children, either due to illness caused by irradiation or financial difficulties that lead to breakdowns. Old people, who loose their family and are forced to live alone in refuge shelters, often die in solitude, as was the experience of many A-bomb survivors in Hiroshima and Nagasaki. In short radiation ruins human society.

Politicians and entrepreneurs who advocate nuclear power are reluctant to take responsibility for its failures, dismissing them as “incidents that exceed hypothesis.” As they abdicate accountability from the beginning, obligation to the victims always seems to be abandoned. After the Fukushima accident, not only people, but many animals including cattle were abandoned and starved to death. Environmental contamination affecting soil, river and seawater, destroys primary industries, such as agriculture and fisheries, the most essential industries for the survival of human beings. Effectively, this means that people lose “the right to live in peace,” which was proclaimed and guaranteed in the preamble of Japan’s Constitution as well as in the Universal Declaration of Human Rights. At the same time radiation makes the survival of all living creatures impossible, denying their right to live. As humans we have no right to deprive other creatures of the right to live. Yet, in fact, a handful of us are monopolizing such authority.

Mass destruction and damage caused by a nuclear accident is equivalent to that caused by a nuclear attack. We must remember that the nuclear reactor was originally invented to produce nuclear weapons. Thus when an accident happens to the reactor, the result is the same as employing nuclear weapons. From the start Japan’s development of nuclear energy was also aimed at developing and maintaining a nuclear weapons capability. The policy of “three non-nuclear principles” – “not to produce, not to possess, and not to allow to bring in nuclear weapons” - was introduced in order to conceal the real intention without giving substance to the policy. At the same time, Japan has recklessly promoted the so-called “nuclear fuel cycle industry” in order to produce plutonium for nuclear weapons, having so far spent 10 trillion yen. Even now, a year and a half after the Fukushima nuclear accident, the Japanese government and nuclear industries have no plan to abolish this policy, which has endangered the lives of many living creatures including human beings.

Contamination by radiation is constantly produced at every phase of the so-called nuclear chain. It is a factor in uranium mining, in the enrichment of nuclear fuel, in the production of nuclear weapons including the so-called DU weapons, in nuclear tests, in operating nuclear power stations and in transporting and treating nuclear waste. The Age of Nuclear Power, which began in the middle of the last century, could even be called a “genocidal socio-political, economic and cultural system,” which was built upon the victimization of many living creatures including human beings. Human activity that contributes to the establishment and maintenance of such a system can be seen as criminal conduct, as it constantly endangers the existence of all living creatures and the planet as a whole. Sadly many people are still constantly engaged in such activities in various parts of the world.

Surely, it is now time to unite against this mass killing of living creatures due to the nuclear cycle and to abolish every phase of that cycle. If we fail to do so, sooner or later, we will destroy our planet and annihilate the human race. The late A-bomb survivor from Hiroshima and professor in philosophy, Moritaki Ichiro, once claimed “human beings cannot co-exist with nuclear weapons and power.” This dictum should be emphasized by rephrasing it as “no living creature can co-exist with nuclear weapons and power.” As the late Tsurumi Kazuko said, we need determination to live through, but that determination must be extended to protect all fellow living creatures and the environment. Now is the time to act, as we recognize the common fate of all creatures on this planet.


(Coordinator and Author: Yuki Tanaka Email: tanaka-t@peace.hiroshima-cu.ac.jp)








◆オスプレイの配備阻止特別アピール (PDF)
8月5日の「8.6ヒロシマ平和へのつどい2012」では以下の特別アピールも提案、採択されました。

MV22オスプレイの岩国強行搬入に抗議し沖縄配備と全国での低空飛行訓練の中止を求める

7月23日早朝、配備が予定されている沖縄県民をはじめ、関連自治体、市民の猛烈な反対にもかかわらず、米政府はMV22オスプレイを米海兵隊岩国基地に強行搬入した。この暴挙に対して強い怒りの声をあげるとともに、これを追認する野田政権に対して断固抗議する。

MV22オスプレイは新型輸送機として開発が進められてきた。しかし、ヘリと固定翼機の利便性を追求し、無理のある構造から開発段階から幾度となく事故が続き、今年になってからも4月、6月と立て続けに墜落事故を起こし、「棺桶製造機」「空飛ぶ恥」と揶揄される欠陥機である。それにも拘わらず、米国軍事戦略を優先し、退役するCH46型輸送ヘリよりも速度で2倍、輸送能力で3倍、航続距離では4倍すぐれていることを理由に安全性を犠牲にして配備を進め、在日海兵隊普天間基地に今年から配備を目論み、「世界一危険」と言われる住宅密集地にある基地に押し付けようとしている。これに対して沖縄県民は辺野古への新基地反対、オスプレイの配備反対、普天間無条件返還を求めて大半の県民の総意として県民大会の開催を予定している。

今年、日米安保60年を迎えた。この間、沖縄は一貫して日米安保体制の犠牲を一方的に強いられてきた。1952年の沖縄を切り捨てての独立回復、1972年には基地を温存したままの「復帰」、返還後も沖縄の基地負担は一貫して変わらず、米軍犯罪や事故の恐怖に晒されながらの生活を余儀なくされてきた。日米安保第六条で基地の使用を認める一方で、部隊変更などの重要事項については事前協議が約束されているが、オスプレイの配備という重要事故に対しても、その対象にならないと野田総理は「米政府が決めることで、どうこういえる話じゃない」と日本政府は責任放棄している。国民生活よりも米軍が優先され、一体どこの総理かと問いたい。

一方、岩国基地は1997年から始まった「沖合移設」事業により、1,4倍に拡張され、昨年5月には新滑走路の運用が開始された。悲願として進められた「沖合移設」事業を逆手にとって、この基地に2014年までに厚木基地から原子力空母ジョージ・ワシントンの艦載機の移駐が日米政府によって目論まれており、3月末には米軍住宅のための愛宕山開発跡地を防衛省が取得し、準備を着々と進めている。

今回のオスプレイ強行搬入は猛烈な沖縄県民の反発をかわすために岩国が選ばれ、場合によれば暫定配備が目論まれている可能性が高く、なし崩し的な基地強化は断じて許されない。国際平和都市ヒロシマの膝元に名実ともに極東一の軍事基地が誕生しようとしている。安全が確認されるまでは飛行しないというオスプレイも岩国基地内外での飛行をはじめ、中国地方を含む全国の低空飛行訓練ルートで訓練をすると発表している。米国内では厳しい基準を設ける一方で、日本国内では逆に騒音被害などは年々増加している。我が物顔で訓練を続ける米軍に対して強く抗議するとともに、オスプレイの訓練飛行開始を断じて許さない。

最後に、中国を最大の対抗者とした「アメリカの太平洋時代」という米国新国防戦略、それに追随した「日米の動的防衛協力」という名の自衛隊の実戦的動員、すなわち、自衛隊の南西諸島配備、テニアン島への日米共同演習場の建設、集団的自衛権見直しの動きにも警戒が必要である。

消費税増税、TPP(環太平洋戦略的経済連携協定)、原発再稼働に反対するとともに、この欠陥機オスプレイの配備阻止の闘いから日米安保体制そのものを問題にする運動へ、今日、明日のつながりを梃子にして、全国で人々の大きなうねりを巻き起こそう。

2012年8月5日     沖縄県民大会に連帯して、8,6ヒロシマ平和へのつどい2012参加者一同







 ◆安次富 浩(ヘリ基地反協共同代表)さんからのメッセージ (PDF)

“平和的生存権”を脅かす軍事基地、原子力発電所とは共存できない!

 日米両政府は岩国市民の怒りの声を無視し、未亡人製造機と揶揄される欠陥機MV-22オスプレイを強行陸揚げした。岩国基地はブラウン・ルートなど低空飛行訓練実施する中継基地として重要視されている。欠陥機オスプレイが北海道を除く全国7ルートで米戦闘機の低空飛行訓練に加えて住民の頭上を飛ぶのである。日米両政府はオスプレイの事故原因をパイロットの「操縦ミス」になすりつけ、事故率も改ざんし、「機体の安全性」を強調するのは明白である。

日米の約束事は広島を含め都会の人口密集地や動植物が生息する山間部の低空150Mを飛び、すべての“いきもの”命が危険に晒されるのである。

米国内でのオスプレイ飛行訓練は海上や広大な軍事基地の中で行われており、米国市民の安全性は確保されているのだ。しかも、2014年配備予定のハワイ州カネオヘベイ海兵隊基地の環境影響評価(アセス)準備書では基地内の学校区域における騒音を午前8時~午後3時までの間は45デシベル(静かな事務所内)とするよう勧告している。しかも、フクロウやコウモリの営巣地を避けるよう飛行訓練の指示までしている。

沖縄では8月5日に大規模な「オスプレイ配備反対!」県民大会を開催する。この県民大会は与野党、経済団体、労働組合、様々な市民運動、医療・福祉団体などオール沖縄の怒りの集会となる。我々は岩国基地からのMV-22オスプレイ移駐を断固阻止し、普天間基地の機能をマヒさせるための様々な闘いをつくり上げるであろう。普天間基地へのオスプレイ配備を阻止することが沖縄県北部にある東村高江ヘリパット建設を阻止することができるし、オスプレイ専用基地である辺野古新基地の建設阻止に繋がり、普天間基地の固定化策動を止め、基地閉鎖を勝ち取れるのである。

野田首相は「配備自体は米政府の方針で、どうしろ、こうしろという話ではない」と発言したが、国民の「生命」が危険に晒されていることを省みず、「単なる機種変更」とうそぶく傀儡政権=被植民地国家の政府見解を許せない。

 欠陥機オスプレイを日本の上空を飛ばさせない闘いを全国の仲間と連帯してつくりあげよう!欠陥機オスプレイは米国へ持ち去れ!

 国策である日米安保条約が国民の犠牲の上に成立するのであれば、日米安保を廃棄させよう!「安全神話」に騙された原子力政策を止揚させる闘いと連結しよう!

反原発、反被曝の思想をヒロシマ、ナガサキ、フクシマを中心に日本各地に広げよう!

2012年8月5日(日)    安次富 浩(ヘリ基地反協共同代表)


(なお、8月5日の沖縄県民集会は、台風のため9月9日に延期されました。)




 ◆賛同団体・よびかけ人
◆呼びかけ人
青木克明(医師)/足立修一(弁護士)/網野沙羅(変えよう!被曝なき世界へ 市民アライアンス)/石岡敬三(グローイングピース)/石口俊一(弁護士、広島県9条の会ネットワーク)/井上正信(弁護士)/上羽場隆弘(九条の会・三原)/大野明彦(郵政労働者ユニオン広島中央支部長)/岡田和樹(上関原発を考える広島20代の会)/岡本珠代(岡本非暴力平和研究所)/岡本三夫(広島修道大学名誉教授)/奥野しのぶ(どなべねっと)/尾崎幸雄(郵政ユニオン広島東支部長)/嘉指信雄(NO DU ヒロシマ・プロジェクト代表)/上関英穂(郵政労働者ユニオン本部執行委員)/北西 允(広島大学名誉教授)/木原省治(原発はごめんだヒロシマ市民の会代表)/木村浩子(呉YWCA We Love9条)/久野成章(環境社会主義研究会)/久保まさかず(広島の歴史をみてまわる会)/久保田十一郎(日本キリスト教団西中国教区・広島西分区牧師会)/坂田光永(原発震災を考える福山市民の会)/佐々木 孝(第九条の会ヒロシマ)/沢田 正(ジャーナリスト)/実国義範(平和を考える市民の会・三次)/進藤狂介(軍縮問題研究者)高橋博子(広島市立大学広島平和研究所講師)/竹本和友(ピースサイクル広島ネットワーク事務局長)/竹原陽子(広島花幻忌の会)/伊達 工(ピースサイクル全国ネットワーク共同代表)/田中繁行(ピースサイクル呉)/田中利幸(広島市立大学広島平和研究所教授)/田村順玄(岩国市議、ピースリンク岩国世話人)/哲野イサク(Webジャーナリスト)/土井桂子(日本軍「慰安婦」問題解決・ひろしまネットワーク)/戸村良人(ヒロシマの今から過去を見て回る会)/豊永恵三郎(被爆者、韓国の原爆被害者を救援する市民の会広島支部長)/長尾真理子(呉YWCA We Love9条)/中峠由里(呉YWCA We Love9条)/永冨弥古(呉YWCA We Love9条)/西岡由紀夫(ピースリンク呉世話人)/新田秀樹(ピースリンク広島世話人)/難波郁江(広島YWCA会員)/浜根和子(個人)/原田二三子(変えよう!被曝なき世界へ 市民アライアンス代表)/日南田成志(「原発を問う民衆法廷・広島法廷」事務局)/平岡 清(郵政労働者ユニオン中国地方本部委員長)/平岡典道(ピースリンク広島・呉・岩国)/平賀伸一(広高教組呉地区支部平和教育推進委員長)/藤井純子(第九条の会ヒロシマ)増見新次(郵政労働者ユニオン呉支部長)/三嶋研二(郵政労働者ユニオン中国地本副委員長)/溝田一成(脱原発へ!中国電力株主行動の会)/村田民雄(市民運動交流センター・ふくやま代表)/森瀧春子(核兵器廃絶をめざすヒロシマの会共同代表)/森本道人(変えよう!被曝なき世界へ 市民アライアンス)/山田忠文(東北アジア情報センター運営委員)/山田禮正(人民の力)/湯浅一郎(ピースリンク呉前世話人、当実行委員会前代表)/湯浅正恵(広島市立大学教授)/横原由紀夫(広島県原水禁元事務局長)/吉井信夫(ピースサイクル広島ネットワーク代表)/吉田正裕(東北アジア情報センター運営委員)/吉村健次(被爆二世、美しい錦川を未来へ手渡す会代表)

◆賛同団体
ピースリンク広島・呉・岩国/広島YWCA/呉YWCA/第九条の会ヒロシマ/ピースサイクル広島ネットワーク/郵政労働者ユニオン中国地方本部/ピースサイクル全国ネットワーク/変えよう!被曝なき世界へ 市民アライアンス